第1話


携帯ラジオから午後9時の時報が流れた。
「もうこんな時間かぁ・・・」
誰に言うわけでもなく呟いてしまった。
一人で作業していると自然と独り言が多くなる。
なんとか月曜日の納品に間に合いそうなので、今日の作業をやめる事にした。
土曜日の夕方、帰り支度をしていた時にお得意さんから月曜の昼までに
どうしても作って欲しいと電話があった。
週末の定時退社の日、従業員達に残業させるのは酷なので、俺一人で製作する事にした。

俺は板金屋をやっている。
大抵、仕事が板金屋と言うと車の修理工だと思われる。
だが俺の仕事は違う。
金属の板を切ったり、曲げたり、溶接したりして色々な品物を作っている。
そう言うと金切バサミで鉄板を切って、手で折り曲げているようなイメージをされるが
今時、そんな事やっている板金屋は殆どいない。
うちみたいな小さな町工場でさえ鉄板を加工するには、コンピュータ制御されたレーザ加工か、
タレパンと呼ばれるプレス加工でおこなう。
曲げ加工も同じで、最近は曲げたい寸法、角度を入力するだけで加工が出来るベンダーで加工する。
今は殆どの工作機械にはコンピュータが入っている。
ただ溶接作業だけは匠の技術が必要となる。
溶接する技術や溶接による歪の修正の技術はカンと経験でしか出来ない事である。
溶接技術の良し悪しで製品の品質や精度に違いが生まれる。
うちみたいな小さな町工場が何とか生き残れているのは、この溶接作業までやっているからだと思う。
うちに来る仕事の殆どは他所で断られたり、問題があったりした手離れの悪い厄介な仕事である。
だからって沢山お金が取れるかと言えば、その大変さは価格には還元される事は少ない。
ここが中小企業の苦しい実情ってとこである。
客先の資材担当者や、設計者ですら加工の知識は皆無で、その仕事の大変さなどは分からずに
価格の比較だけで発注をしているのだ。
だから、安い業者に出してトラブルが起き、うちに来る場合でも価格は、前の価格でお願いします!
って話はよくある事だった。
そんな仕事は断るけどね・・・
この会社は親父が起業し、俺がその後を継いだ。
会社と言っても従業員2人の俗に言う町工場である。
子供の頃から手伝わされており、そのまま就職したって言うのが本当のところだ。
若い頃は親の敷いたレールの上を乗せられたような気がしてモヤモヤしているモノがあった。
たぶん、子供の頃から周りから
「どうせ高志は、親の後継いで社長になるんだろ。」
と言われ続けてきた反発なのだろう。
反発ついでに俺は他の人以上に仕事をやるようにしていた。
社長の息子だから楽をしているなんて言われたく無いからだ。
そんな反発も経営者となった今では、くだらない事だったと思う。
とにかく今は会社をつぶさずに、従業員の給料が少しでも沢山払えるように仕事をこなす事で
精一杯の毎日だ。

後片付けして、帰る準備をしていると、俺の携帯が鳴った。
携帯の表示を見ると守からだ。
守は近所に住んでいて、小学校、中学校と同級生だった。
最近はお互い忙しいので滅多には会わないが、それでもたまにこんな風に連絡が来る。
「もしもし」
電話に出ると賑やかな音楽が聞こえてきた。
その騒音の中から守の声が聞こえた。
「高志・・・何やってんだよぉ?!」
どうやら守は酔っているようだ。
「なにって・・・仕事だよ!」
俺は憮然として答えた。
「よっ!働き者!!」
からかうように守が言った。
そんな守の態度にムッとして、俺は更に不機嫌になった。
「悪いけど・・・くだらない電話に付き合うほど俺は暇じゃないんだよ!」
とそっけなく言ったが、守はそんな俺を気にする事は無く
「怒るなよぉ・・・今から呑みに来ないか?」
守は上機嫌に言った。
断ろうかとも思ったが、気分転換したいのも事実なので、俺は奴の誘いにのる事にした。
歩いて15分ほどで、守の行きつけの居酒屋に着いた。
俺がドアーを開けて店に入ると
「高志。ここだ!ここだ!!」
守は大声で叫んだ。
そんなに叫ばないと分からないほど広い店ではないのに・・・
俺は苦笑しながら守の居るテーブル席に向った。
守の向かいには男が座っていた。
俺は、その男の隣の席に座った。
俺がそいつの顔を見ていると
「こいつの事・・・覚えて無いか?」
守が聞いてきた。
俺は、記憶をたどったけれど思い出せなかった。
「やっぱ・・・お前存在感無いんだよ。」
守はそいつに言った。
そいつは頭をかきながら苦笑していた。
「俺が知っている人か?」
俺は守に聞いた。
「中学3年の時のクラスメートだよ!」
守が言った。
俺は彼の顔をじっと見つめて中学校時代のクラスメートを必死に思い出してみた
「オグケン・・・・??」
思い当たる友人のあだ名を言ってみた。
「やっと思い出したのかよぉ!」
守が呆れたように言った。
「はい・・・オグケンこと、小栗謙三です。」
オグケンは、すまなそうに自己紹介した。
「すぐに思い出せなくて申し訳ない。」
俺は、オグケンに頭を下げた。
「いいですよ・・・僕は中学の頃から存在感無かったし・・・」
オグケンは、またすまなそうに言った。
「それじゃ、久しぶりの再会を祝して乾杯しようぜ!」
守は、おどけて言い俺の分の生ビールを頼んだ。
俺は店員が持ってきたビールを飲みながら
「で、今日は何で二人そろったんだ?」
と聞くと
「偶然、駅で鈴木くんと会ったんです。そしたら松本くんも呼ぼうって事になって・・」
オグケンは静かに説明してくれた。
「こんな事でも無いと、高志出てこないだろう!」
守がニコニコしながら言った。
確かに、最近は家と会社を往復する毎日だ。
独り者なんだから、もっと遊べとか言う諸先輩もいるが、そんな気にもなれず仕事が終わると、
とにかく早く帰って寝たいと思ってしまう。
最近は、このまま歳とっていくのかなぁ・・・と、諦めの境地になる事もある。
そんな気持ちを知ってか知らずか、それでも俺の事を気にかけてくれる守の心遣いに感謝した。
「そうだな・・・守・・・ありがとな!」
ボソっとつぶやいてみたが。
「え?!なに??」
守には聞こえていなかったようだ。
「なんでもねぇよ!」
とそっけなく答えた。
「何だよぉ・・・」
守は口を尖らした。
子供か!と突っ込みたくなるが、40間際になっても中学の頃と同じように
バカ言い合える関係って嬉しいものだった。
そんな感じでバカっ話をしていると
「そろそろ、中村さんが来るころじゃないですか。」
オグケンが言った。
「そっか・・・」
守は少し酔い過ぎのようだ。
「中村って?」
守に聞いても無駄そうなので、俺はオグケンに聞いた。
「中学の時のクラスに居たじゃないですか・・中村真紀子。鈴木君が彼女も呼んだんですよ。」
「そそ・・・花がなくちゃ・・・野郎ばっかじゃ面白くねぇだろう!」
守が少し呂律が怪しくなりながら言った。
「花って・・・同級生なら40だろ・・もうオバンだろうが・・・」
俺がふざけて言うと
「松本くん!!オバンで悪かったわねぇ!!それにまだ39歳よ!」
後から声がした。
俺が振り返ると、女性が立っていた。


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