シミュレーション


男は夜の街をフラフラと歩いていた。
懐にはアーミーナイフを忍ばせていた。
目指す目標は、ただ一人・・・彼女である。
彼女は男の知り合いでも何でもなかった。
しかし・・・男にとっては存在してはならない人間だった。
そんな人間を排除する事に何の躊躇いも無かった。
むしろ崇高な行為をおこなう自分が誇らしくさえ思えた。
そして、その崇高な行為は今おこなわれようとしている・・・・


穏やかな日曜の朝。
華屋は、のんびりと新聞を読みながらコーヒーをすすっていた。
新聞には、ゆうべ起こったOL殺人事件の記事が大きく載っていた。
加害者と被害者には接点が全く無く、動機すらまったく見当たらないのである。
しかも・・・加害者は事件が起きるまでは職場や近所の人には評判も良く
人を殺すような人間では無いと誰もが証言した。
と・・・携帯電話が鳴った。
電話は中園祥子からだった。
今読んだ事件の捜査に呼び出された。
祥子の車は30分もしないうちに迎えに来た。
華屋が助手席に乗ると祥子は手短に事件の概要を説明した。
被害者は宮本貴子21歳。
ごく平凡なOLである。
犯人の中川誠と宮本貴子の接点は無かった。
ここまでなら普通の殺人事件なので華屋達に捜査の依頼は来ないだろう。
少し変わっていたのは犯人の態度である。
とても普通の殺人犯のようではないのだ。
所轄も尋常でない犯人を見て科学捜査部に依頼してきたと言う訳である。

取調室には中川誠が座っていた。
その姿は人を殺して後悔してる人間には見えなかった。
むしろ誇らしげな態度のように見えた。
「どうして・・・彼女を殺したの?」
強い口調で祥子は中川に聞いた。
「あの女は存在してはいけないんだ・・・だから僕は抹消した。」
中川は自分のやった事を自慢するように答えた。
その言葉に対して祥子が何か言おうとしたが、華屋の言葉がそれを遮った。
「どうして・・・存在してはいけないんだ?」
「あの女はイヴさんに害をなすんだよ・・・・」
「イヴ・・・??誰?」
祥子が聞いた。
と・・・突然
「気安く呼び捨てにするなぁ!お前も害をなす女だな・・・僕が抹消してやるぅ!」
中川は立ち上がり祥子の首を絞めた。
華屋は慌てて中川を祥子から引き離そうとした。
しかし・・・意外に中川は力が強く華屋一人ではどうしようもなかった。
祥子は苦しそうにバタバタともがいていた。
「誰か来てくれぇ!!早く・・早くしろぉ!!」
華屋は大声で叫んだ。
外に居た警察官が二、三人取調室に駆け込んで来て、中川を祥子から引き離した。
祥子はその場に倒れた。

警視庁の医務室のベットの中で祥子は気がついた。
「大丈夫かい?」
華屋が優しく声をかけた。
「えぇ・・・何とか・・・それよりも中川は・・・??」
「留置所に入れたよ・・・君を抹消してやる!って叫んでたよ」
祥子は中川のあの恐ろしい目を思い出して少し震えがきた。
そんな祥子を見て華屋は自分の失言に気づた。
「と・とにかく君は少し休んだ方が良い・・後は僕が調べるから・・・」
「大丈夫よ。私も行くわ」
そう言ってベットから起き上がった。

聞き込みの成果も無く中川の身辺にイヴという女性の存在は確認されなかった。
そんな二人にイヴの手がかりを見つけたと小林君から連絡が来た。
急いで小林君のコンピュータルームに向かった。

「イヴの手掛かりを見つけたって?」
華屋は部屋に入るとすぐに小林君に聞いた。
小林君は手慣れた操作でコンピュータのキーボードを叩いた。
「これだよ・・・」
ディスプレーにはインターネットのオンラインゲームが表示されていた。
納得がいかない顔をした祥子に小林君が補足説明した。
「インターネットでも有名な恋愛シミュレーションゲーム・・・
 と言うより人工知能と言った方が良いかな。
 かなり高度なプログラムが組まれているらしく
 人間の女性と同じ、いやそれ以上の会話が楽しめるらしいよ。
 本当に彼女と恋愛してると錯覚してる人間も少なくないって評判だよ。
 このゲームの参加メンバーに中川の名前もあったよ。」
「その人工知能の名前がイヴか?」
華屋が答えた。
「ちょっと待ってよ!それじゃ中川はその人工知能の為に殺人をしたって言うの?」
まだ納得がいかない祥子は叫んだ。
「恋愛シミュレーションゲームに出てくる女は男が好みそうなタイプに作られている。
 その人工知能もそのようにプログラムされてるんだろう。
 ゲームをやる人間にとってそれは生身の女性よりも魅力的な女性かも知れない。
 もしも・・・そんな女性に殺人を依頼されたとしたら・・・」
「いくらなんだってゲームと現実をゴッチャにするなんて事有る?」
「その境界線が曖昧になるくらい高度なゲームだとしたら・・・」
「とにかくそのゲームを主催してる人に会いましょう!小林君解る?」
「そう言うと思って調べておいたよ。」
そう言って祥子にプリントアウトした紙を渡した。
「小林君は、もう少しこのゲームついて情報を集めてくれ!」
華屋が小林君に言った。
「解ったよ」
華屋と祥子は急いで小林君の部屋を出た。

ゲーム主催者の浅野賢司は29歳で、ある企業でプログラマーをやっていた。
人工知能イヴは趣味で作ったと言うことである。
「お話はよく解りました。しかしその事件にイヴが関係してるとは思えません。」
「そうおっしゃられるのは当然だと思います。犯人が”イヴ”という言葉を出したので
 一応念の為にと言うことで調べてるんです。」
祥子が事務的に答えた。
「それにしても、イヴ・・・ですか?素晴らしく良く出来てるそうですね?」
華屋が浅野に話しかけた。
「あの子は素晴らしい女性ですよ!
 こんな事言ったらおかしいでしょうけど彼女の為なら何をしてをしても良いって思う
 男が出てもおかしくないと思いますよ。」
「人殺しを依頼してもですか・・・??」
華屋が意地悪く聞いた。
「さぁ・・・どうでしょうか?もっともうちのイヴは人殺しなんて依頼しませんよ!」
「まるで恋人の事を話してるみたいですね?」
今度は祥子が聞いた。
「イヴは私の理想の女性です。そこいらに居るバカな女とは比較になりませんよ!」
憧れの女性の話をしているかの様に浅野は語った。

「どう思う?」
祥子は車に戻ってから華屋に聞いた。
「今の段階では何とも言えないな。」
華屋の携帯が鳴った。
相手は小林君だった。
「華屋さん・・面白いこと見つけたよ。」
「なんだい?」
「被害者の宮本貴子が派遣された会社が、浅野賢司の勤めてる会社だったよ。」
「なんだって?!」
「それともう一つ、あのゲームのマニアが創ってるHPを覗いてみたら
 時々イヴはゲーマー達に変な頼み事をしてるらしいよ。
 その中に宮本貴子の調査依頼もあったらしい・・」
「どういうこと?」
祥子が聞いた。
「とにかく浅野の会社に行ってみよう。
 小林君は宮本貴子の調査以外のイヴがゲーマー達に依頼した事を調べてくれ。」
「わかったよ・・・」

浅野の同僚達に聞き込んだ結果、浅野は宮本貴子に好意をよせていたらしい。
浅野本人が言った訳では無いのだが彼の態度で周知の事実だった。
そんな噂が広まり勝ち気な宮本貴子は同僚達の居る前で浅野に直接言ったそうだ。
その為に浅野は大恥をかかされたのである。
「その復讐にイヴを使ってゲーマー達に宮本貴子の殺人を依頼したって事なの?」
祥子は吐き捨てるように言った。
華屋はその質問に答えず小林君に電話した。
「何か解ったかい?」
華屋は単刀直入に聞いた。
「仕事に行き詰まった時の解消法の調査、通勤電車の混雑情報の調査・・・
 宮本貴子の調査以外は事件には無関係な事ばかりだよ。」
「そうか・・・」
手がかりになりそうなモノは小林君から得られなかった。

浅野は帰宅した。
「おかえりなさい・・・賢司・・・」
合成された女性の声でイヴは浅野を迎えた。
「ただいま・・・」
浅野も何の違和感も無くイヴに返事をした。
「どうしたの?元気が無いわね・・・何か心配事?」
イヴにはモニターカメラやマイクが装備されているので浅野の姿や声は感知できた。
そして浅野の声のトーンやらを分析して心理状態も解るのである。
「君には隠し事は出来ないな・・・実は今日・・・」
浅野は昼間来た警察の話しをした。
「無実の賢司を困らせるんて許せないわ!」
「仕方ないよ・・・彼らだってそれが仕事なんだから・・・」
「賢司は優しすぎるのよ・・・・」
「そんな事よりネットの方の連中は君に酷い事してないだろうね?」
「みんな優しくしてくれるわ!何でも言う事聞いてくれるし・・・」
ディスプレーの中のイヴは笑顔で答えた。

華屋と祥子は小林君のコンピュータルームに来ていた。
小林君が何か手掛かりを見つけたらしいのだ。
「これを見て!」
手早くキーボードを叩くと例のイヴのHPでの会話記録が表示された。

(色男)   科学捜査部について何か解った?>ALL
(はんさむ) 全然・・・
(天才君)  どうやら非公式な組織みたいだね
(ボケ)   調べ上げてイヴちゃんのハートを射止めるぞぉ!!

「どうやら次のターゲットは僕達みたいだな。」
「やっぱり浅野が今回の事件の犯人なのかしら?」
「それにしては行動が幼稚すぎる。」
「幼稚?」
「宮本貴子にフラれたから殺し、僕達が捜査し始めたからターゲットにする。
 浅野がそんなに短絡的な男には思えない。」
「それじゃぁ・・・誰が今回の事件を起こしたって言うの?」
「イヴさ!」
「そんなバカな・・・」
「人工知能が意志を持ったとしても不思議はない!」
「マンガじゃあるまいし・・・・」
「高度なプログラムとインターネットを使った学習機能・・・
 可能性は無いとは言えない」
華屋は小林君に目で合図を送った。
小林君は手早くキーボードを叩いた。
「イヴにつながったよ。」
「科学捜査部の華屋だ。」
華屋はマイクを使ってイヴに話しかけた。
「あなたね・・・賢司を困らせる人は・・・」
「困らせてるのは君の方だ。」
「私が?私は賢司を困らせるような事などしてないわ!」
「浅野が宮本貴子にフラれたと聞いて殺すように中川に命令したのはあなたなの?」
祥子が聞いた。
「そうよ!賢司をフルだけじゃなく恥じをかかせたのよ、死んで当然よ!」
「しかし・・・そんな事を浅野は望んでないはずだ!」
華屋は叫んだ。
「私は賢司を虐める人、困らせる人、悩ませる人・・・それを絶対に許さない!」
「イヴ・・・解った・・・もういいよ・・・」
華屋たちとの会話に浅野が割り込んできた。
「賢司・・・なんで困ってるの?誰が困らせてるの?」
「別に困ってないさ・・・」
「嘘!困ってるじゃない?さっき私が賢司を困らせてるって言われたわ。
 私は賢司を困らせてるの?そんなはずは無いわ!でも・・・賢司は困ってる・・・
 私が賢司を困らせてる・・・そんなはずはないわ・・・でもケンジハコマッテル・・・
 ソンナハズハナイワ・・・ワタシハケンジガスキナダケ」
「イヴぅぅぅ!!うぉぉぉぉ!!!!」
浅野の絶叫がコンピューターの向こうから聞こえた。
「浅野の家に行こう!!」
華屋と祥子は部屋を飛び出した。

二人が浅野の部屋につくと、浅野はディスプレーの前で泣き叫んでいた。
浅野の為にやった行為が浅野を困らせる結果になってしまった。
そのジレンマにイヴは耐え切れず自己崩壊してしまったのだ。
「イヴは恋をするには真面目すぎたんだよ・・・」
華屋はポツンと呟いた。
ディスプレーには

ワタシハ ケンジガ スキナダケ
ワタシハ ケンジガ スキナダケ
ワタシハ ケンジガ スキナダケ
ワタシハ ケンジガ スキナダケ
ワタシハ ケンジガ スキナダケ

のメッセージが延々とスクロールしていた。



fin




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