今夜もステージは満席だった。
歌姫メリーの人気は絶頂だった。
私は、その歌姫のマネージャー兼プロデューサー。
いつものようにステージの袖で彼女を見守っていた。
彼女の歌に観客達は熱狂していた。
約二時間のステージがあっという間の過ぎていき、
ラストナンバーになった。
ここでいつもバラード。
今までのステージが嘘のように静まり返って、皆メリーの歌声に陶酔した。
中には泣いているファンも居た。
そんなメリーを嬉しく見つめている自分と嫉妬している自分が居た。
いつもそうだ。
私はメリーを愛しているし憎んでもいる。
なぜ・・・・??

それは彼女の歌が素晴らし過ぎるからだ。
メリーを育てたのは自分だ。
初めは、ほんの気まぐれからメリーに歌を教えたのだった。
もの覚えの良いメリーはドンドン覚えていき、やがて私が出来なかった事さえ出来るようになった。
冗談でインターネット上で彼女の歌を公開してみた。
すると口コミでメリーの歌は広まり、やがてライブを開催する事になった。
私も面白がってメリーの演出をやり、始めてのライブは大盛況だった。
更に人気が高まり、ライブ希望のメールが殺到した。
要望どおりライブを開催し、メリーの人気は更に跳ね上がった。
こうして歌姫と祭り上げられ、メリーのファン増えていった。
今では、CDを出さないかという話しまで出てきた。

しかし、メリーと私には大きな秘密があった。
それはメリーはロボットだった。
少し前、私はマイナーではあったがそれなりにファンもいた歌手だった。
ライブの誘いも結構あり歌には自信があった。
だけど・・・そんなある日、交通事故に逢い大怪我をしてしまった。
命は助かったが、手術の影響で声が出なくなってしまった。
あまりのショックに家に引きこもり、家族ともろくに口もきかなかった。
誰にも会いたくなかった。
そんな私を心配してロボットなら大丈夫だろうと思い
私の世話をさせるためにメリーを購入した。
はじめはメリーに悪態つき、散々酷い事をした。
人間ならとっくに愛想つかしていただろう。
しかしメリーはロボットだった。
どんなに酷いことをしても、メリーは忠実に仕事をこなすだけだった。

そんなメリーになぜ歌を教える気になったのか・・・・
未だにその訳は分からなかった。

とにかく歌姫メリーの人気は衰えることが無かった。
ライブに来ているお客さんは誰一人メリーがロボットだとは気づいていなかった。

「今日のライブも大成功ですね!」
後ろからスタッフが声をかけてきた。
「そうね。」
私はかすれた声で言った。
そう、私の声はハスキーと言うのを通り越して、かすれた声しか出せなくなっていた。
手術の影響で声帯自体が麻痺してしまい、私の声は声帯から発しているのではなく
吐く息で無理やり声にしているのだ。
だからもう歌は歌えなかった。
私はメリーに私が出来なかったことをやらせる為に歌を教えたのだろうか??
メリーのステージを見ながら、頭の中でいつものエンドレスな問答を始めた。
盛大な拍手で我に戻った。
どうやらラストナンバーが終わったらしい。
ステージの幕が降りた。
私は慌ててメリーに近づき、抱えて控え室に戻った。
メリーのバッテリーが切れかかっていた。
2時間のステージがメリーにとってはギリギリ活動できる時間だった。
普通に動いている分には、余裕で4,5時間は稼動できるのだが、ステージでは
かなり激しいダンスをやらせている為にバッテリーの消費が激しいのだ。

控え室に戻ると、菜緒子が待っていた。
彼女はメリーのメカニックだった。
菜緒子とは昔からの友人だ。
そして私が歌を歌っていた頃は私の大事なファンだった。
偶然に菜緒子がロボットに詳しいと知れ、このスタッフに迎え入れた。
彼女のメンテがなければ歌姫メリーは存在できなかっただろう。
「あらら・・・また随分と無茶してくれたわね。」
菜緒子が言った。
「どこか壊れたの?」
私は聞いた。
「大丈夫!ちょっとモータが燃えかかっているだけ・・・」
そう言いながら菜緒子は作業を始めていた。
「モーターが燃える?!大丈夫なの??」
私が心配そうに聞くと
「ロボットには良くあることよ」
と菜緒子は平然と答えた。
そしてしばらくすると
「よし!これでOK!!」
そう言ってメリーの服を調えた。
それから菜緒子は椅子に座り缶コーヒーを飲んだ。
「で・・・いつまでこんな茶番続ける気?」
菜緒子は不意に言った。
「え?!」
「だから・・・メリーにいつまでこんな事やらせるのかって事・・・」
「いつまでって・・・」
私は答えに困った。
「まだ大丈夫だけど。こんな無理させてたら、そのうちメリー壊れるよ。」
「その時は新しいロボット買うよ。」
そう言うと同時に菜緒子は怒鳴った。
「あんた!!メリーをそんな風に思ってるの!」
「え?!」
私には菜緒子が何を怒ってるのか分からなかった。
菜緒子はそんな私に何か言いかけてやめた。
「もういいわ・・・私は帰る。」
そう言って部屋を出て行った。
私は何がなんだか分からなかった。
仕方なく帰り支度をしていると
トントン!!
ノックされた。
私は立ち上がりドアーを開けた。
ドアーの前には、高校生くらいの女の子が立っていた。
「なにか?」
私が聞くと、その女の子は、か細い声で
「あの・・・わたし・・・メリーさんのファンでして・・・・」
とやっと言った。
「ありがとう!でもメリーは今ステージが終わったばかりで休んでるのゴメンナサイネ。」
そう私が言うと女の子は
「すみません・・・」
と本当に申し訳なさそうに言った。
「それじゃ、またライブに来てね。」
そう言ってドアーを閉めようとすると、女の子は
「あのぉ・・・」
そう言ったので
「なに?」
と聞いた。
「もしかしてマリーさんじゃありませんか?」
私は固まってしまった。
マリー・・・それは私のステージの名前。
「あぁやっぱりマリーさんだ。私、大ファンだったんです。」
私は触れられたくない過去に触れられた気がして
「いえ・・・人違いです。それじゃごめんなさいね!!」
そう言ってドアーを閉めた。

なんだか今日は最悪な日になったようだ。

部屋に戻ってメリーの充電を済ませて一息ついた。
あの女の子に会ったおかげで、またグダグダと考え始めてしまった。
私はメリーに嫉妬しているのだろうか?
歌を歌いたいのだろうか?
何気なく見た視線の先にマイクが置いてあった。
私は近づき思わず手にとってみた。
「いよいよマリーの復活?!」
不意に後ろから声がした。
振り返るとドアーの前に菜緒子が立っていた。
「菜緒子・・・」
「勝手に上がってきたわよ。」
菜緒子は少し酔っているようだった。
「また歌えば良いじゃない。」
菜緒子が言った。
「無理よ・・・こんな声だし・・・・」
そう言うと
「何言ってるのよ。歌はハートよ!!」
そう言って菜緒子は親指で自分の心臓を指差した。
「歌えないんじゃなくて、あなたは歌わないよの!!
 本当は歌いたいんじゃないの?
 だからメリーに自分の身代わりさせてるんでしょ。
 どんな声だって良いじゃない、その歌いたい気持ちをぶつければ。」
「そんな事言ったって・・・・」
「少なくともここに一人マリーの復活を望んでる人間がいるのよ!」
「菜緒子・・・・」
「今度のメリーのライブに、あなた出なさいよ!!」
「え?!」
あまりの突飛な話しに私は吃驚した。
「だけど・・・」
「はっきり言うわね。メリーはもうかなりガタガタよ。
 だから、たぶん今度のライブは二時間持たないわ。」
「それなら、新しい・・・」
そう言いかけて
「だから、歌姫メリーはこの子だけなのよ!!
 例えメリーがロボットだとしても、この子の身代わりなんて世界中どこにも居ないの!!
 だって、あなたの思いを込めたから歌姫メリーは生まれたの。
 あなたの分身じゃないの?メリーは・・・・
 だからメリーの歌にみんな感動してるんじゃないの?
 単なる音楽データなの?メリーの歌は・・・」
そう言われて私は初めてメリーが特別な存在だと気づいた。
確かにそうだ・・・私はメリーに私の思いをすべて継ぎこんだ。
良い事も悪い事も・・・・
メリーはマリーの分身だ。
だから愛しているし憎らしくもある。
「そうね。メリーはメリー・・・身代わりは居ないのね・・・」
「そうよ!」
「本当にもう治せないの?」
私は菜緒子に聞いた。
菜緒子は静かにうなずいた。
「そう・・・」
「だから・・・分身じゃなくて、あなたがステージに立つのよ!」
菜緒子はそう言うが、あの頃のように歌える自信は無かった。
「やっぱり無理よ・・・歌えない・・・」
「すぐに答えを出す必要は無いわ。まだ次のステージまで時間があるから・・・」
そんな事言っても無理なものは無理よ!
反論しようとする私を無視して
「それじゃ私・・・帰るわ。じゃぁね!!」
そう言って菜緒子は部屋を出て行った。
まったく・・・・
そう思いながらどこかで自分がステージに立っている姿を想像していた。
私とメリーのセッション・・・
そして気がつくと私はマイクを握っていた。

それから、何事も無く日々が過ぎていった。
私はと言えば、次のステージの準備に追われていた。
あれから菜緒子とは会っていなかった。
私も、もう一度ステージに立ってみたいとは思う。
だけど・・・やはり立つ自信はなかった。
そんな事は夢物語だ。
とにかく次のステージはメリーに負担をかけないような
演出にしようと頭を悩ませていた。
今までが、かなり激しいステージだっただけに
今更しっとりしたステージには出来ないし、
かと言ってステージの時間を短縮する訳にもいかない。
完全に煮詰まっていた。
菜緒子に相談したかった。
しかし、あれから菜緒子と連絡が取れなかった。

その日の夜、菜緒子の家を訪ねた。
呼び鈴を鳴らしたが反応が無かった。
留守なのだろうか・・・??
しかし、中から音楽がかすかに聞こえていた。
「菜緒子!!居るんでしょ?私よ!開けて!!」
私は叫んでみた。
そして、ドアーのノブに手をかけた。
するとドアーが開いた。
どうやらドアーには鍵がかかっていなかったようだ。
「無用心ねぇ・・・・」
そうつぶやきながら私は部屋の中に入った。

中に入ると菜緒子はTVモニターを見ながらキーボードを叩いていた。
私が入ってきた事に気づいていないようだった。
「何やってのよ!!電話にも出ないで・・・心配したわよ!」
そう言うと、やっと気づいたように
「あぁ・・・来てたんだ・・・」
「来てたんだじゃないわよ!!」
そこで初めて私はTVモニターには昔の私のライブが流れていた事に気づいた。
「何でこんなモノ見てるのよ!?」
そう言うと菜緒子は
「あなたがステージに立つための準備・・・」
と言った。
「まだそんな事言ってるの!無理に決まってるじゃない!!」
私は少し腹が立ってきた。
「そんな事より今度のメリーのステージの・・・」
そう言いかけた私に菜緒子はマイクを向けて
「歌って。」
唐突に言われたので思わず言葉が詰まってしまった。
「データ取るから歌って。」
また菜緒子が言った。
「だから無理だって言ってるでしょ!!何度言えばわかるの!!」
あまりのしつこさに思わず怒鳴ってしまった。
「無理じゃなかったら歌ってくれるの・・・」
と菜緒子は思わせぶりな言い方をした。
何を根拠にそんなこと言い出すのか理解が出来なかった。
「これから言うことを聞いてから答え出しても遅くないと思うわよ。」
「どういう事?」
私が聞くと
「あなたの声が出ないのは声帯がうまく機能してないからよね?」
「そうよ!」
何を今更言うのかと思った。
「その為に、元々あった声が出なくなったのよね?」
「・・・・」
相槌を打つ気にもならなかった。
「何で元の声と変わったのかしら?それを考えたら一つの答えを導き出したの。」
菜緒子が何を言いたいのか、まだわからなかった。
「つまり、声帯が機能しないために出なくなった音の波長を機械で発生させて合成させれば
 元の声・・・それが無理でも近い声を再生させようと思って。」
「そんな事・・・できるの?」
元の声が出せるようになる・・・・まさか・・・
そんな夢みたいな事出来る訳ない・・・
そう思いながら、期待している自分が居た。
「わからないわ。でもやってみる価値はあるんじゃない。」
「でも・・・」
「あぁじれったいなぁ!歌いたいの歌いたくないの!?どっち?」
菜緒子が聞いてきた。
私は歌いたいのかしら??
その答えは、すでに出ていた。
そして私は決心した。
「歌いたい!!」
「よし!決まり。それじゃデータ取りに協力して。」
そう言って菜緒子は私にマイクを渡した。
本当に再びステージに立てるのかどうか分からないが、
でも歌いたい!って気持ちは固まった。
とにかく菜緒子に任せる事にした。

しばらく菜緒子の家に泊まり込みをする事にした。
もしかしてステージにまた立てるかもしれないと言う夢を見ながら・・・・


近すぎて菜緒子の凄さがわからなかった。
ある意味天才だと私は思った。
なぜなら、菜緒子は見事に私の声の再生に成功させた。
ソロで歌うことは出来ないが、メリーとのデュオする事により
私の歌声が蘇ることが出来た。
メリーの発声装置を改良し、メリー自身の歌声と私の声を補完する音声を
同時に発声出来るようにした。
今度のステージはメリーをメインで合間に私とメリーのデュオを入れる事にした。
そうする事で、少しでもメリーの負担を軽くしようと考えた。
そのリハーサルでバタバタしていた。
そんな中、菜緒子が不意に
「ごめんなさいね・・・」
と、すまなそうに言った。
「何で謝るのよ・・・ここまで出来たら凄いわよ!」
私は本当に感謝していた。
まさか本当にステージに立てるようになるとは思わなかった。
「だけど・・・」
「いいのよ!それよりこんな事は今回限りにするわ。」
「え?!」
そう・・・私はステージに立つのは今回で最後と考えていた。
そして私の身代わりとかじゃなく、メリーを本当の歌姫にしたくなった。
本気でプロデューサーの仕事がやりたくなったのだ。
どんな形であれ、音楽の仕事が出来るだけで幸せだと思えるようになった。
そのケジメとして今回のステージに立つのだと自分で考えていた。
「本気でメリーを歌姫にするわ!」
「それで良いの?」
菜緒子が聞いてきた。
「なんで?私の歌に対する想いはメリーが受け継ぐのよ。素晴らしいじゃない」
菜緒子は私の顔をじっと見つめて
「そう・・あなたがそう決めたのなら私は何も言わないわ。」
「菜緒子・・・ありがとうね。」
そう言うと菜緒子は少し照れたようだった。
しかし、私は本当に感謝していた。
何度、感謝の言葉を言っても足りないと思っていた。
「スイマセン・・・リハお願いできますか?」
スタッフの男の子が声をかけてきた。
「わかったわ!今行くね!」
そう言って私はステージに向かった。
菜緒子はそんな私を嬉しそうに見つめていた。

リハーサルはかなり熱が入ってしまった。
気がつけばメリーのバッテリーが切れかかっていた。
慌てて私は今日のリハーサルを終了させて、メリーを連れて控え室に向かった。

菜緒子は控え室で待機していて、すぐにメリーのメンテを始めた。
正直、私もかなりバテバテだった。
そんな時
トントン!
ドアーがノックされた。
菜緒子は急いでメリーは奥部屋に移した。
「どうぞ!」
と私は返事をした。
ドアーが開くとスタッフの男の子だった。
「どうしたの?」
私が聞くと、男の子の後ろに誰か立っていた。
「すみません。彼女、友達なんですけど、どうしてもプロデューサーに謝りたいって言うもんで。
 自分が聞くって言っても、どうしても直接会いたいってきかないもんで・・」
男の子は申し訳なさそうに言った。
男の子の後ろを見ると、いつかの女の子だった。
「いいわ。ありがとうね。」
そう言って女の子を部屋に招きいれた。
女の子はか細い声で
「あのぉ・・・この間は無神経な事言ってごめんなさい・・」
と言って深々と頭を下げた。
彼女は彼女なりにこの間の事を気にしていたようだ。
「良いのよ・・・気にしてないから。」
私はそう言った。
「本当にごめんなさい・・・」
そう言っても女の子はまだ頭を下げてままだった。
「頭を上げて。本当に気にしてないから。それよりもマリーのファンってのは本当なの?」
私は、女の子があんまり恐縮しているのでちょっと意地悪な事を言ってみた。
「本当です!!マリーさんの歌で私いっぱい元気もらいました。」
女の子は必死に答えていた。
「でも・・今はメリーのファンなんでしょ?」
更に意地悪な事を言った。
「それは・・・・」
彼女は言葉に詰まってしまった。
あまりにも困っているので
「冗談よ!ごめんなさいね意地悪して。」
「いえ。でも本当にマリーさんの歌、大好きです。
 たぶん、メリーさんを好きなのは、なんかマリーさんの歌に似てるんですよね。」
「そう・・・全然曲調とか違うと思うけど・・・・」
「そう言うことじゃなく・・・なんて言うか・・・ハートが・・・・」
私は、そう言われて嬉しくなった。
「ありがとう。」
そして思わずそう言ってしまった。
「そんなお礼なんて・・・・」
女の子は照れていた。
「でもガッカリしたんじゃない?マリーはこんな声になっちゃったしね。」
「そんな事ありません!私、今もマリーさんの歌が聞きたいです。」
女の子は真剣に言った。
「でも・・・昔みたいな歌声は出ないわよ。」
「関係ありません。声がどうだろうとマリーさんの歌が好きなんです!」
「・・・・」
「ごめんなさい・・・私また気に障ること言いました?」
私が黙っているので女の子は怒ったのだと勘違いしてしまった。
私は目頭が熱くなっていた。
声を出すと涙がこぼれそうだった。
こんなに私の歌を好きでいてくれたファンが居たなんて・・・
言葉を出すことが出来なくなった。
「結構・・・涙もろいのよ・・・」
奥から菜緒子が助け舟を出してくれた。
「マリーの友人としてお礼を言うわ。ありがとうね。今度のメリーのステージ見に来て。
 もしかしたらマリーに逢えるかもよ。」
菜緒子はそう言って、女の子にウィンクをした。
「え?!あっはい・・・・」
女の子は意味を理解したようだった。
「それじゃ、これあげるわね。」
そう言って菜緒子はライブのチケットを彼女に渡した。
「ありがとうございます。絶対に行きます!!それでは失礼します。」
そう言って部屋を出て行った。
「ありがたいね・・・ファンって・・・」
私はつぶやいた。
「そうよ!言ったでしょあなたの復活を望んでる人が居るって・・・」
「うん。今度のステージは絶対に成功させるわ!!」

そして、私は今度のステージである事をやろうと密かに考えていた。
本当のマリーを復活させるために・・・・

それからは時間との戦いだった。
やる事があり過ぎていくら時間があっても足りなかった。
そして気がつけば、ライブ当日になっていた。
やり残した事は、まだあるが出来る限りの準備はやったつもりだった。
後は自分達の力を100%出し切るだけだ。
泣いても笑っても幕は開いた。

まずはメリーのエネルギッシュなステージで始まった。
客席は始まったばかりなのに、もう総立ちになっていた。
今更ながらメリーの歌は凄いエネルギーに満ち溢れていると感じた。
本当にメリーはロボットなのかと疑いたくなった。
私も思わずメリーの歌に酔ってしまった。
こんな風にメリーを楽しめたのは始めてだった。
気がつくとメリーの歌に合わせてリズムを取っていた。

「マリーさん・・そろそろお願いします。」
スタッフが出番を告げてきた。
いよいよ私のステージだ。
不思議と緊張はしていなかった。
軽く深呼吸をして、私はステージへ向かった。

自分で言うのも変だが、メリーの歌声と私の歌声が合わさって見事なハーモニーを生んだ。
観客の声援が心地よかった。
今、ステージに立っている自分に感動していた。

こうして、私とメリーのステージは、あっという間に過ぎていった。
そしてラストナンバーになった。

ラストは、メリーと私のディオでバラードを歌う事になっていた。
ステージの袖で私とメリーが出待ちをしていた。
そこで私は菜緒子を呼んだ。
そして
「私の歌声を補完をさせる装置を止めてくれる。」
と菜緒子に頼んだ。
「え?!」
菜緒子は私の言った事に吃驚していた。
「最後は本当の私の声で歌いたいの。」
私は機械で作られた声じゃなく、本当の自分の声で歌いたくなっていた。
望む望まないに関わらず、今の私の声はこうなのだから、そんな自分を否定したくなかった。
もう・・自分の状況から逃げるのはやめようと思っていた。
菜緒子はそんな気持ちを理解してくれたかどうか分からないが
「わかったわ。」
と一言言って、メリーの発声装置停止させてくれた。
そしてラストナンバーを歌う為にメリーと一緒にステージに向かった。

ステージの真ん中に立つと、さっきとは違って凄く緊張していた。
私はマイクを強く握って
「今日はメリー&マリーのライブに来てくれてありがとう!!」
そう言った。
その声は普段の、かすれた声だった。
客席からざわめきが聞こえた。
「ごめんなさい。さっきまでの歌声は偽者なの。
 私は事故にあって手術の影響で声が出なくなりました。」
さらにざわめきが多くなってきた。
「ショックだったし自暴自棄にもなりました。
 だって大好きな歌が歌えなくなったんだから・・・・
 で・・私は私の身代わりにメリーを歌わせました。」
今度は逆に客席は静まり返った。
私は軽く息を吸って
「メリーのステージを見続けていて、私は歌を歌いたかった。
 でもこんな声だから無理だとあきらめてました。
 そんな私に親友は魔法をかけてくれました。
 また元の歌声で歌える魔法を・・・・
 ありがとう!菜緒子・・・」
私はステージの袖に居る菜緒子に向かって言った。
菜緒子は少し照れたようだった。
「そしてメリーもありがとう!!」
そうメリーに言った。
しかしメリーは何の反応も示さなかった。
「でも・・・魔法は必ず解けてしまうもの。
 もう魔法は解けて元の声に戻ってしまいました。
 だけど、私は良かったと思ってる。
 だって私は今の自分も大好きだから!だから今の私のこの声も好き。
 こんな声ですけど、本当の今の私の歌を聴いてください!!」
私は客席に向かって頭を下げた。
するとバンドが演奏を始めてくれた。
菜緒子に感謝し、あの女の子に感謝し、そしてメリーに感謝しながら
その気持ちを込めて精一杯歌を歌いました。

歌い終わると観客が静まり返っていた。
やっぱり・・・こんな声じゃ・・・
そう思いかけた瞬間、もの凄い拍手が沸き起こりました。
スタンディングオベーションが起きた。
私とメリーはその歓声に包まれていた。
「良かった!!」
「頑張って!!」
色んな声援が聞こえてきた。
私はこんなにも素晴らしいファンに恵まれていたのかと改めて感じ、涙がこぼれてきた。
メリーを見ると、彼女も感動しているような気がした。
そんな事菜緒子に言ったらバカにされそうだが、そう私は感じた。
「メリーやったね!!」
そう言ってメリーを抱きしめた。
するとメリーは私の方へ倒れてきた。
やばっ・・・バッテリー切れだ・・・
私は慌ててメリーを抱えてステージを降りた。

それから私は・・・と言うか私たちは引っ張りダコになってしまった。
結局、私は最後のステージだと思っていたのに、私の歌を希望するファンが殺到した。
メリー&マリーのステージをまたやって欲しいと言う要望が多すぎて、
やめるにやめられなくなってしまった。
もうグダグダと考えることをやめて素直な気持ちで歌を歌っていこうと決めた。

そして私たちはステージの準備に追われる日々を過ごすことになった。

Fin