「名前は?」
「ボッコちゃん」
「歳は?」
「まだ若いの。」
小学生の頃読んだ・・・たぶん夏休みの感想文の為だったのかその辺りは定かではないが、
星新一先生の名作「ボッコちゃん」に物凄く影響を受けた。
子供の頃は自分でボッコちゃんみたいなロボットを造るぞぉ!と思っていたが
どうにも算数が苦手だった俺は、理数系向きではなかった為その想いはすぐに断念してしまった。

やがて、そんな事すら忘れ去られてしまい受験戦争に巻き込まれ
気がつけば、在り来りなサラリーマンになっていた。
ボッコちゃんの事なんか、記憶の隅追いやられに思い出す事も無かった。
TVでイブ1号の特集を見るまでは・・・・
ちょうど同じ頃会社から転勤の辞令が出た。
それなりに会社の為に働いてきたつもりだったが、上司に意見しただけで飛ばされる我が身に
(それが原因かどうか分からないが・・・・)
会社に執着する気が失せてしまった。

親戚が古びたバーをやっていたが、たたもうと思っていると言う話を聞き
代わりに脱サラしてバーをやろうと思った。
同僚に素人が客商売はできないと忠告された。
だが俺はそんな言葉に耳を貸す気は無かった。
ボッコちゃんに出てくるバーのマスターみたいな生活を送りたくなった。
なぜ今更ボッコちゃんなのか自分でも分からなかった。

俺はバー始めるにあたって雀の涙の退職金をはたいてイブ1号を買うと決めていた。
女性型ロボットが居なければボッコちゃんの世界は再現できない。
だからイブ1号は必要だった。

以外にと言うか不思議とバーのマスターは俺には合っていたようだ。
そんなに儲かりはしなかったが、それなりに喰っていくには困らない程度の利益は出せた。
イブが居ることも、それなりに良い結果を生んでいた。
もちろん、イブがロボットだと言うことはお客には内緒にしていた。
イブ目当てのお客は結構居た。
さすがにボッコちゃんと言う名前にするわけにいかず、「あけみ」という名前にしていた。

「名前は?」
「あけみ」
「歳は?」
「まだ若いの・・・」

そんな会話が飽きもせず毎晩のように繰り返されていた。
その会話を聞きながら俺は嬉しくなっていた。
自分はボッコちゃんの世界に居る!そう感じられた。

「君は綺麗だね・・・」
「ありがとう」
「何時に終わるの」
「24時が終業です。」
「それじゃぁ・・・終わったら寿司でも食べに行かない?」
「ごめんなさい・・・」
「予定があるの?」
「ごめんなさい・・・」
本当にすまなそうに謝るあけみに、お客はこれ以上誘うことは出来なかった。
そう言うプログラムを組んでもらったのだが、これがかなり効果的だった。
それでもしつこいお客の場合は、あけみから俺に信号が送られ
「お客さん・・・勘弁してやってくださいよ。」
と俺が助け舟を出す。

あけみが焦らしている訳では無いのだが、お客は勝手に焦らされているような気分になって、
なんとかあけみのハートを射止めたくて何度も店にやってくるのだ。
あけみ目当ての常連さんが増えていった。
彼らは、あけみがロボットだと言うことに気づきもしなかった。

そんな常連さんの中、あけみに興味を示す訳でもなく ただ寡黙に呑んでいる男が居た。
歳は30代後半くらいだろうか。
あまりにも、あけみに興味を示さないので逆に俺が彼に興味を持ってしまった。
ある日、俺は何気なく彼に声をかけた。
「お客さん・・・よくいらっしゃって下さいますよね・・・」
不意に声をかけられて吃驚したようだった。
「あっごめんなさい。お客さんが他のお客さんみたいに、あけみ目当てではないみたいなので
 ちょっと不思議に思ったものですから、声をかけてみたくなりまして・・・」
俺は正直に疑問をぶつけてみた。
「不思議ですか?ただお酒を呑みに来るのって・・・・」
彼は静かに答えてくれた。
「そんな事は無いですけど・・・」
「それに・・・」
続けて彼は何かを言いかけた。
「なんでしょうか?」
俺は、その後の言葉が気になり聞いてみた。
彼は声を潜めて
「彼女・・・ロボットでしょ?」
俺は吃驚した。
「え?!いやぁ・・・あのぉ・・・」
シドロモドロになってしまった。
「別に良いんじゃないですか・・・」
彼は何事も無かったかのようにグラスを傾けた。
俺は何でばれたのか気になり
「どうして分かったんですか?何かおかしな所ありました?」
彼は、のんびりと答えた。
「いや別におかしなトコなんて無いですよ。むしろかなり人間ぽいですよ。」
「それじゃ・・なぜ?」
「昔・・・あいつの開発に関わっていた事ありましたんで・・・」
「それで、うちの店に頻繁に来て頂いたんですか?」
「そういう訳じゃないんですけど・・・ただ久しぶりに活躍しているあいつを見て
 懐かしくなって・・・・って事かな・・・自分でも分かりません。」
「すみません。変な事聞きまして。」
俺は、マスター失格だなと反省した。
お客のプライベートな部分に踏み込むのはご法度だって分かっていたのに・・・
そんな俺を彼は逆に気づかってくれて
「いやぁ・・・別に良いんですよ・・・気にしていませんから・・・
 それよりあんな騒動があってマスターのほうが大変だったんではないですか?」
「いえ、別に関係ないですよ。私は彼女がどうしても欲しかったんで・・・
 それに彼女の事は誰にも話していませんし、これからも話すつもりは無いです。」
「そんなに彼女の事を・・・」
彼の言葉に、俺は少し照れながら
「昔・・子供の頃読んだボッコちゃんに影響されましてね・・・」
と言った。
「あの星新一先生の?あぁなるほどね・・・だから・・・」
彼は納得したようだった。
「それじゃ偉大なる星新一先生に乾杯しませんか?」
彼が言った。
当然俺は
「喜んで!!」
と答えお互いにグラスを傾けあった。

こうして俺は彼と急速に親しくなった。
それから彼は以前より頻繁に店に来るようになった。
彼はいつもカウンターの一番端っこに座り黙って酒を呑んでいた。
店では相変わらず常連たちがあけみ争奪戦を繰り広げていた。
そんな光景を彼は面白そうに見つめていた。
あけみがロボットだと言う事はまったく誰にもばれなかった。
薄暗い店とある意味単調な会話ですむ事が幸いしてるのかもしれない。
少々おかしな言動が有っても、みんなはそれをチャーミングに思ってくれた。

そんなある日、店に小さな事件が起こった。
それは俺の店に凄い美人がふらっと入ってきた。
彼女はカウンターの席に座るなり水割りを注文した。
そして黙って2杯水割りを飲み干すと手早く勘定をすませて出て行った。
たった15分ほどの出来事だったが、店中の注目を集めるのには十分だった。
彼女が居なくなった後、常連たちが口々に彼女は何者だろうかと話し始めた。
やがて、そんな事も忘れ去られ、またあけみ争奪戦が始まった。

しかし事件はこれで終わらなかった。
丁度一週間後もまたその美人はやってきた。
一週間前と同じように水割り2杯呑んで15分ほどで出て行った。
その次の週も、またその次の週も彼女は現れた。
俺も彼女に興味があったので、彼女に声をかけてみたが
何も答えず水割り2杯呑んで出て行った。
まるでロボットのようだった。
まさか・・・彼女もロボットなのか?
そんな疑問を彼が店にやってきたときに聞いてみようと思った。
しかし彼は最近店に現れていなかった。
早く彼に会いたかった。
店の常連たちも彼女の噂で持ちきりだった。
「クールビューティー」とあだ名が付いていた。
今の店の注目はあけみより彼女になっていた。

彼女が現れてから一ヶ月経った頃、彼が店にやってきた。
俺はすぐにクールビューティーの話しをし、彼女がロボットじゃないかと言ってみた。
彼は笑いながら
「もしロボットならぜひ会ってみたいね。」
と言った。
なぜと俺が尋ねると
「ロボットが一人で街を歩いて店にやってきて酒呑んで勘定払って帰るって事が
 ロケットが月行って帰ってくるより難しいことなんだよ。」
俺は全然意味が理解できなかった。
「人間の一般社会は何が起こるか分からないから、それだけ色んな出来事に対応出来る
 センサーやプログラムが必要なんだよ。」
俺は分かった様な、分からない様な感じだった。
「まぁ・・・とにかく凄いって事」
そう言って彼は酒を呑んだ。
「そう言えばしばらくご無沙汰でしたけど、どうしたんです?」
俺は彼に聞いた。
「ちょっとねぇ・・・」
そう言って胸ポケットから名刺を出した。
目で見ろと合図した。
見ると「ホムンクルス」と言う会社名だった。
ホムンクルスって確か、あけみを造ったメーカーのはずだけど。
「あの騒動がってつぶれかかったけど、アメリカで援助者が現れて何とか持ち直したみたい。
 新しいプロジェクト立ち上げるからアメリカに来ないかって昔の仲間から誘われたんだ。
 で・・しばらくアメリカ行っていた訳・・」
すっかり気にしてなかったが彼はロボット技術者だった。
たぶんこうやって誘われるって事は優秀なんだろう。
「行くんですか?」
俺は聞いた。
「どうしようかなぁ・・・」
彼は指でグラスの淵をなぞって、のんびりと答えた。
もし彼がアメリカに行ってしまって会えなくなる事を寂しく感じていた。
俺は黙って仕事を続けた。
しばらく沈黙が続いた。
「クールビューティー来ないねぇ・・・」
不意に彼が言った。
予想外の言葉に俺は呆気に取られた。
そして少し俺は腹立たしくなった。
俺は彼が居なくなるかもしれないと悩んでいたのに・・・・
「今日は来ないんじゃないですか?」
俺はぶっきらぼうに言った。
心の底から今日はクールビューティーに来て欲しくなかった。
そんな俺の願いはむなしく、店のドアーが開いた。

クールビューティーだった。
いつもと違って今日は男と一緒だった。
その男を見て彼は
「佐々木・・・」
と呟いた。
彼の知り合い?って事はやっぱり彼女はロボットだったか?

そんな俺の思いとは関係無くクールビューティーと男はゆっくりと彼に近づいていった。

クールビューティーと男は彼の隣の席に座った。
「久しぶりだなぁ・・・」
佐々木と呼ばれた男が言った。
「あぁ・・・」
彼はそっけなく答えた。
「あぁ俺さぁ・・今これやっているんだ・・・」
佐々木は、そう言って彼に名刺を渡した。
彼は名刺をチラッと見て、続けたクールビューティーを見た。
佐々木は、その視線に気づき
「そう・・・これがうちの主力製品。」
主力製品?って事はクールビューティーはやはりロボット・・・
俺がクールービューティーをマジマジと見つめているのに気づいたらしく
「ご挨拶が遅れました・・・わたくしこういう者です。」
そう言って佐々木は俺にも名刺を渡した。
名刺を見ると

     暮らしに役立つロボット製造メーカ
          株式会社ダビィンチ


と書いてあった。
「マスターも彼女の凄さはご理解頂けたと思います。」
佐々木が言った。
「セールスのために彼女をうちの店によこしたのですか?」
俺は佐々木に聞いた。
「はい!誰もロボットだと気づかれなかったと思いますよ。
 どうです?お宅のお店にも1台置いてみては・・・・
 良かったら今からレンタルいたしますので使ってみて下さい。
 明日、わたくしが引き取りに着ますので、その時気に入らなければ
 この話しは無かった事いたします。
 それだけ、このロボットに私共は自信を持っています。
 きっと気に入って頂けると思いますので・・・
 マリア・・・すぐにお手伝いしなさい。」
佐々木がクールビューティーに命令した。
「分かりました。」
そう言ってクールビューティーは立ち上がり
「マスター・・・何をいたしましょう?」
と聞いてきた。
丁度その時、奥のテーブル席から注文が入った。
「それじゃ・・奥のテーブル席行って注文をとってきて。」
俺は指示した。
「わかりました。」
そう言ってクールビューティーは奥のテーブルに向かった。
「それでは私はこれで失礼します。明日のこの時間にまたお伺いいたします。」
そう言って佐々木は席を立った。
「佐々木・・・」
彼が何か言いかけたが
「いや・・・またな・・・」
そう言った。
佐々木はそのまま出て行った。
「やはりクールビューティーはロボットでしたね。」
俺が彼に言うと
「マスター!頼みがあるんだけど」
彼は真剣な顔で言った。
彼のあまりの真剣な顔に吃驚しながら
「なんですか?」
と聞いた。
「店が終わった後、あのロボット調べさせてくれないか?」
それを聞いて、彼はアメリカに行くための勉強でクールビューティーを
調べるのだと俺は気づいた。
「別に構いませんけど・・・・」
少し不服ではあったが、断る理由が見つからなかった。
それから彼は真剣にクールビューティーの動きを見続けていた。

クールビューティーはと言えば、かなり手際良く仕事をこなしていた。
あけみと比べると月とすっぽんである。
あけみは、はっきり言うと仕事は半人前以下だった。
ただ・・・不思議なことに初めはクールビューティーに興味津々だった
常連たちも時間が経つと共にクールビューティーに興味が無くなって
いつものように、あけみを口説き始めた。
俺は不思議に思い、それとなく常連に聞いてみると、殆どの常連が
「だって完璧すぎてロボットみたいなんだもの・・・」
と答えた。
確かにロボットなんだけど・・・
あけみもロボットなのに・・・とちょっと複雑な気分だった。
やがて看板をむかえ、店を閉めた。
クールビューティーとあけみに奥の部屋へ行くよう命令し、彼女達に仕事終了だと告げ、
電源を落とすように命令した。
言われたとおり、彼女たちは部屋の隅に並んだ椅子にそれぞれ腰掛けた。
俺はその日の売り上げを手早く整理し金庫にしまった。
そして店のカウンターで待っている彼を呼びに行った。

まだ彼はカウンターのいつもの席で飲んでいた。
「遅くなって、すみませんね」
俺がそう言うと
「謝るのは僕のほうだよ。わがまま言ってすみませんね。それで・・・」
「奥の部屋に居ますよ。」
「そうですか・・・あのロボット何かおかしな所ありませんでした?」
「おかしな所ですか・・・強いて言うならロボットだってすぐバレました。」
「・・・・」
彼が何か考え事を始めたので俺は聞いてみた
「あのロボットが何か・・・??」
「あれ・・・ロボットじゃないですよ。」
「え?!」
意外な発言に俺は吃驚した。
「最初に見た時から違和感があったんです。」
「その根拠はなんです?」
「まず・・・ロボットっぽ過ぎます。普通ロボットってバレないようにするのが
 完璧なヒューマノイドロボットを作る人間の常識です。
 それが自信を持ってレンタルさせるロボットがわずか数時間でバレるようじゃ・・・」
「それは出来が悪いって事じゃないですか・・・」
「それともう一つ、出来が悪い癖に動きのリズムが不規則なんです。
 それでいて歩行にしても問題無く動いています。
 どうしてもコンピュータ制御だとある程度リズムが単調になるんです。
 それがあのロボットは、なるべく単調にしようとしていて不規則になるんです。
 これって人間がロボットの動きを真似するのと同じ現象だと思うんです。」
「何の為に・・・そんな事・・・」
「それは僕にも分からないです。とにかく彼女に聞いてみましょう。」
そう言ったと同時に奥から大きな物音がした。
俺と彼は急いで奥の部屋に向かった。

奥の部屋に入ると、クールビューティーがあけみに羽交い絞めされて動けなくなっていた。
「警告!警告!」
あけみがエマジェンシーコールを発していた。
「セキュリティーモードが発動したんだな。」
彼が冷静に言った。
俺は部屋を見回すと金庫が空いていた。
クールビューティーの手には今日の売り上げの入った袋があった。
「畜生!はなせぇ!!」
クールビューティーには似つかわしくない発言だった。
用はこれが目的だった訳だ。
「どうします?彼女警察に引き渡します?」
彼が聞いた。
「そうすると・・・あなたの友達も・・・・」
俺は言った。
彼は少し暗い表情になったが
「構わないよ!こんな風にロボットに泥を塗るような事をする奴は
友達なんかじゃない!!」
「わかりました。」
そう言って俺は事務的に110番にかけた。
15分ほどして警官がやってきた。
そしてクールビューティーは連行されていった。
その後クールビューティーの供述から佐々木も捕まったと警察から連絡が入った。
余罪が何件かあって警察も捜査していたらしい。
逮捕に協力した、あけみに感謝状をと言う話しもあったが低調にお断りした。
警察が勝手にあけみの事を武術の心得のある女の子と思ったらしい。

それからしばらくして彼が店にやってきた。
そして
「マスター・・・僕・・・アメリカに行くよ。」
その言葉に無表情になってしまい
「そうですか・・・」
と言うのが精一杯だった。
「究極のヒューマノイドロボットを作ろうと思って。」
「・・・」
俺は何も言わなかった。
「でもひとつ気がついたんだ。人間に愛されないロボットは駄目だって・・・・
 あけみはマスターにも、ここのみんなにも愛されている。
 だから、誰もロボットだって気がつかない。すでにこの店にとって大事な仲間なんだよ。
 ロボットとか人間とか関係なく・・・・
 そんな人間に愛されるロボットをひとつでも多く作ってみたいって思ったんだ。
 それが僕の究極のヒューマノイドロボットかな・・・・」
俺は彼の熱い思いに、いつまでも子供じみた考えに囚われた自分が恥ずかしくなった。
そして気持ちよく彼を送り出してやろうと思った。
「頑張って下さい!私はずっとここに居ます。だから疲れた時はいつでも着て下さい。」
「もちろん!絶対にここに戻ってきます。」
「待っていますから!!」
そして俺は店中に響くくらい大きな声で言った。
「今日は大サービスです!!このボトルは私のおごりです。
皆さん好きなだけ飲んでください!」
俺も彼もそして店に居たお客全員が大騒ぎして飲んだ。
常連が、あけみにも飲ませたりしたが、あけみが飲んだ分はまたボトルに戻した。
そんなバカ騒ぎの宴は朝まで続いた。

俺も途中から記憶が無くなった。
目が覚めたとき店中のお客がつぶれていた。
その客を見下ろしながら、あけみは
「大丈夫ですか?」
と声をかけていた。
あけみは何を考えているのだろう・・・?
ふと俺はそんな事思った。
そして凄く幸せな気分になっていた。
このまま静かにゆっくりとあけみと一緒に過ごしていきたいと心底思った。

Fin