第3話 仲良しこよし

時計の針は夜中の1時を過ぎた。

 「さて 寝るかな・・・」

誰に言うわけでもなく呟いた。

と 突然電話が鳴った。

こんな時間に電話を掛けてくる奴は一人しか思い浮かばない。

俺は不機嫌に受話器を取った。

 「もしもし わたし・・・」

やっぱり ユウ子だ

 「わたしさん なんて知り合いはいませんけど」

俺は冷たく言った。

 「あれ?・・ご機嫌斜めですね・・・もう寝てた?」

 「まだだけど・・今寝ようと思ったところ」

 「あっよかった。いつもの所で飲んでんだけど出てこない?」

 「おまえ・・・俺 明日仕事だよ」

 「大丈夫!大丈夫!あたしは休みだから・・・」

 「あのなぁ・・・」

 「じゃぁ 待ってるから」

そう言ってユウ子は勝手に電話を切ってしまった。

あのやろう・・・

結局いつもユウ子のペースに乗せられてしまう。


ユウ子とはもう5年以上の付き合いだ。

恋人って言う関係じゃない、かといって単なる友達でもない。

少なくても俺はユウ子の事は大好きだ。

一度5年前に清水の舞台から飛び降りる覚悟で

 「ユウ子・・俺・・おまえの事大好きだよ!」

って言ったら

 「何で? どうして? どういうところが?」

って返事をしやがった。

なんか 茶化された感じがして頭にきた。

もう二度とユウ子に会うもんかと思ってら、やたらとまとわりついてきた。

脈があるのかと思い攻めれば、適当に茶化される。

追えば逃げるし、逃げれば追ってくる...

そんな関係をずるずると5年も続けてきた。


俺はユウ子がいつも飲んでる店に向かった。

あの電話の感じだと今日はご機嫌だな。

ユウ子が俺を呼び出す時は最高に機嫌が良い時か、めちゃめちゃ荒れてる時だ。

機嫌の良い時はいいのだが、荒れてる時は最悪だ。

とにかく泣くわ怒るわ暴れるわこれ以上酒癖の悪い奴はいない状態になる。

かならず周りにいる人に迷惑をかける。

そんな時は俺がしり拭いをする羽目になる。

もっと悪い事にユウ子はそういう時の記憶はまったく無いのだ。

次の日に俺が注意しても

 「そんなことしないわよ」

と全然反省しない。

まぁ今日はそんな心配はなさそうだな。

適当に付き合って 早めに切り上げよう。


店に入るとユウ子はカウンターでマスターと楽しそうに話してた。

 「いい加減にしろよな!」

そう言って俺はユウ子の隣の席に腰掛けた。

 「ゴメン ゴメン」

そう言ってペロっと舌を出した。

 「で なんだよ」

 「何が?」

 「こんな時間に俺を呼び出したんだから何かあるんだろ?」

 「別に用なんかないわよ。ただ一緒に飲みたかっただけ」

それからユウ子は取り留めの無い話しをぺらぺら話し始めた。

なんか変だな・・・

どこがどうと言えないけど、いつものユウ子らしくない。

それに酒の飲むペースもやたら早い。

明るく振る舞っているが、いつもとどっか違う感じがする。

グラスを空にして、またつごうとしてるので

 「おい いい加減にしろよ! 飲み過ぎだぞ!!」

俺はユウ子からボトルをひったくった。

 「いいじゃないの もうちょっと飲ませてよ」

そう言ってユウ子は手を伸ばして俺からボトルを取り戻そうとしたが

バランスを崩して椅子から転げ落ちてしまった。

 「しょうがねぇなぁ 大丈夫か?」

しかしユウ子は完全に出来上がっていて一人じゃ立ち上がれない状態になってた。

 「だから言ったじゃねぇか・・」

俺はユウ子をおぶって店を出た。

 
大通りに出たがタクシーが捕まらず しかたなく家の方向に歩き始めた。

 「少しはダイエットしろよな!」

ユウ子は結構重かった。

 「うっ 気持ち悪い・・・」

 「ちょっと待て!!」

背中に吐かれては大変と近くの児童公園のトイレにかけ込んだ。

ユウ子を一人で真夜中の公衆トイレに行かせる訳にもいかず、

俺は女子トイレの中に入り個室の前で待った。

これじゃ 俺が痴漢と間違えられるよ・・・

 「おい まだか?」

中からユウ子のこの世のモノとは思えない声が聞こえた。

これじゃ100年の恋も冷めちゃうよ

しばらくして個室の戸が開いて、中からユウ子がふらふらと出てきた。

 「大丈夫か?」

 「だいぶ楽になったわ。」

俺達はベンチに腰降ろした。

 「いったい 何があったんだ?」

ユウ子は黙ってた。

 「まぁいいや 言いたくなければ言わなくてもいいよ・・・

  さて 大通りに戻ろうか・・・タクシーを拾って早く帰ろうぜ」

 「あたしね・・・大きな仕事を任されるはずだったの・・・」

ユウ子はゆっくりと喋りはじめた。

 「それでね...ここ何ヵ月は寝る間を惜しんでがんばってたの・・・

  それなのに・・・結局違う人がやる事になったの・・・

  それも私よりも仕事が出来ない人に・・・」

 「なんでだよ?」

 「部長が ”女になんか仕事を任せられるか”って・・・」

 「なんだそれ?!だってユウ子の方が仕事が出来るんだろ?

  そんな時代錯誤もいいとこだよ!」

 「もう いいの・・・」

 「もういいって?」

 「なんか・・・どうでもよくなっちゃって・・・」

 「それで 明日はさぼりか?」

 「そう・・・もう仕事も辞めようかと思って・・・」

 「辞めてどうする?」

 「そうね・・・あなたのお嫁さんになろうかしら...いや?」

 「いやだね!」

 「え?!」

 「しょうがないから結婚しようなんて こっちからお断りだよ!」

 「あなた・・・私の事嫌いなの?」

 「大好きだよ!大好きだからこそおまえに負け犬になって欲しくないんだよ!!

  一度くらいダメになったくらいで結婚に逃げたりするから部長に

  ”女なんかに仕事が任せられるか”って言われるんだよ。

   負けるなよ!もっとがんばって部長を見返してやれよ!

  意地っ張りで小生意気なユウ子が俺は好きだよ」

ユウ子はうつむいていたが、フッと息を漏らして

 「それで慰めてるつもりなの?」

と微笑みながら言った。

 「俺ってとってもいい奴だろ?惚れるなよ」

ユウ子は笑った。

「ったく・・折角私がお嫁さんになってあげるって言ったのにそれを断るなんて

  そんな事だから いつまでたっても彼女が出来ないのよ!」

「うるせぇなぁ!おめぇなんかを嫁さんにしたら大変だよ!あぁよかった断って」

「その言葉忘れないでよ! 絶対後悔させてやるんだから」

これだけ憎まれ口をたたければもう大丈夫だろう



相変わらずタクシーは捕まらなかった。

深夜の街をユウ子と二人で歩いていた。

いつまでユウ子とこんなふうにジャレあっていられるだろう?

さっき言葉のあやだろうが結婚っていう言葉がユウ子の口から出るとは思わなかった。

 「何 さっきから黙り込んでいるの?」

「いつ お前を襲おうか考えてた。」

 「いいわよ そのかわり慰謝料をいっぱい請求するから。」

 「どのくらい?」

 「そうね・・・100億くらい」

 「冗談じゃねぇよ・・・そんだけ出すんならもっといい女を襲うよ」

 「ひっどい!」

 「俺だってボランティアで襲ってあげるんだから、襲われて感謝しなさい」

 「何言ってんのよ・・・本当は私の魅力にメロメロの癖して」

 「げっ! よく言うわ おめぇになんか間違っても欲情したりしないよ!」

 「そこまで言う!?」

 「言うよ!」

二人してケラケラ笑った。

またしばらく沈黙が続いた。

不意にユウ子が

 「ねぇ・・・」

 「ん?」

 「キスして・・・」

 「え?!」

ユウ子は目を閉じて立ち止まった。

なんだぁ・・・

 「早く・・・女に恥じかかす気?」

据膳食わぬは何とやら・・ここはいっちょ行くしかないな!

俺はユウ子に近づき、肩に手を回した。

そして ゆっくりと顔を近づけた。

と ユウ子は目を開けて

 「その気になってやんの。」

やられた・・・

 「間違っても欲情しないと言ったのは何処の誰でしょう?」

 「いや・・・これは・・・」

 「言い訳しないの!私の魅力にまいったと素直に言いなさい」

しまった・・・これで当分ユウ子にからかわれる。

 「おまえ・・・もし俺がキスするのやめなかったらどうする気だったの?」

 「やめたわよ。あなたにそんな事出来ないでしょ?信用してるもの」

 「わかんないぞ・・・俺だって男だ!続きをしようか?」

俺は またユウ子の肩に手を回し抱き寄せた。

 「え?! 冗談でしょ?」

俺は構わず続けた。

ユウ子は少し暴れたが、すぐに抵抗をやめた。

俺が顔を近づけるとユウ子は始めは目を開けていたが、ゆっくりと目を閉じた。

あともう少しで唇が触れるところで顔を止めユウ子の鼻をつまんだ。

 「おめぇこそ その気になってやんの」

俺はちょっと後悔した。

あのままいっても よかったかな・・・

ユウ子は少し残念そうな顔をしたが、すぐに反撃してきた。

 「そんな事で喜ぶなんて、子供ね・・・

  ちょっと引っかかったふりをしてあげたのよ」

 「何とでも言いなさい。あのうっとりした顔はマジだったね!

  ユウ子はキスする時あんな顔するんだ・・・」

 「あぁ くやしい!」

 「勝ち!」

悔しがるユウ子を横目に俺は大笑いした。



やっと空車のタクシーやってきた。

俺達は車を止め、二人で乗り込んだ。

さすがに車の中ではバカは出来ないので、黙って乗っていた。

ユウ子の家に着き、降りるときユウ子は

 「今日はありがとう」

と、らしくない事を言った。

 「なんだよ・・・急に・・・」

 「本当に感謝してるのよ。今日はマジで落ち込んでたんだから・・・

  おかげで明日からまた頑張れるわ!」

 「そっか それじゃ 部長に負けずに頑張れよ!!」

 「うん」

 「あら? そんなかわいい返事ができるんだ」

 「何よ!」

ユウ子は ふくれた。

 「それじゃな! おやすみ!」

 「おやすみ! あっ今日の御礼っていう訳じゃないけど・・・」

そう言ってユウ子は俺のほっぺにキスして車を降りた。

ユウ子を残して車は動き始めた。

俺は一瞬の事で、頭の中が真っ白になってしまった。

そんな自分に苦笑した。

 「バカだな・・・」

と思わず呟いてしまった。



しばらくはユウ子から連絡はなかった。

たぶん仕事に燃えてんだろう。

俺も相変わらず仕事に追われる毎日を送っていた。

あれからユウ子との事を考えていた。

そろそろ何らかの答を出すべきかどうか・・・


その日はめずらしく早く家に帰れた。

たまには早く寝ようと思い寝る準備をしていた。

と 電話が鳴った。

また ユウ子だな・・・

なんとなくそんな気がした。

受話器を取ると

 「あたし・・すぐ来て!」

それだけ言ってユウ子のバカ電話を切った。

あの感じだと 荒れてるな・・・

たぶん 例の部長とトラブったんだろう・・・

頑張れって言った責任上 行かない訳にはいかないか・・・

俺は急いで着替えて部屋を飛び出た。

店に行くとユウ子は回りの客にからんでいた。

俺はユウ子が迷惑を掛けた人たちに謝りまわりユウ子を連れて店を出た。

ユウ子はすっかりつぶれて、俺の背中で寝息をたてていた。

寝息を聞きながら俺は考えていた。

俺はこいつが大好きなんだろう。

だからと言って今すぐどうこうする気はない。

もう5年もずるずるやってきたんだ。

今更焦ってどうする。

先はどうなるか判らないけど今はユウ子との、この関係は結構気に入っている。

続けられるまで続けてみよう・・・

お互いに爺さん婆さんになるまでジャレあっていられるかな?





Fin


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