第2話 愛しの君

「俺はいいよ。 そういう所はちょっと...」

「いいから 黙って俺についてこいよ。」

奴は無理矢理 俺を引っ張っていった。

俺をソープランドへ連れて行こうというわけだ。

何で、こんな事になったんだろう...??


奴は高校時代の悪友だ。

今日久しぶりに会って、いっしょに酒を飲んだ。

俺も酒が入ってつい調子にのって、高校時代に好きだった女の子の話しをした。

その子とは特に恋人同士というわけじゃなかった。

彼女はとても明るくクラスの男どもの憧れの的だった。

俺はどっちかと言うと女性に対して積極的な方でなく、

遠くで彼女を見ていたそんな情けない奴だった。

たまに俺の視線に気づいてか、彼女は俺に笑顔を向けてくれた。

そんな時はもう俺は有頂天だった。

だが、こんなささやかな幸せも長続きはしなかった。

彼女が家の都合で引っ越す事になった。

俺はもう二度と彼女の笑顔を見る事が出来なくなると思い、

一人落ち込んでいた。

いや、本当は自分の気持ちを彼女に伝えられない

自分が情けなかったのかも知れない。

別れの日、彼女にろくな別れの言葉も言えず

放課後 教室に一人残っていた。

とにかく悲しくて情けなかった。

そこへ彼女が教室に入ってきた。

俺はありえない事が起こったような気がした。

彼女は俺に笑顔を向けながら

「さよならは言わないわ」

と言った。

俺は何を言っているのかわからず彼女の顔を見つめていた。

「だってもう二度とあなたに会えない訳じゃないもの。

 しばらくは会えなくなるけど、5年後..いえ10年後には

 きっと私も素晴らしい女性になってあなたの前に現れるわ。」

彼女は笑顔だった。

けど、今にも泣き出しそうにも思えた。

「俺も10年後には君に負けないくらい素晴らしい男になってるよ。

 そして、その時は俺は..君に....」

「その先は言わないで。その先の言葉は10年後に聞くわ。」

「わかった。俺も君にさよならは言わない。」

「それじゃ10年後に」

彼女は手を差し出した。

「元気で。」

俺は彼女の手を握りしめた。

彼女の頬を涙がつたっていた。

俺はこのまま時間が止まって欲しかった。


それから10年、彼女から連絡はなかった。

その間、何人かの女性とつきあったが、別れの言葉が

「あなたの心の中にいる彼女には勝てないわ。」

といつも同じだった。

自分でも気づかないうちに10年後の彼女との再会を

楽しみにしていたのだ。

あの時から俺は時間が止まったのかもしれない。

そんな話しを奴にしたら

「それはよぉ..おまえが悪いぜ。

 それに彼女だってそんな10年も昔の事なんて覚えてないぜ。」

半分馬鹿にしながら奴は言った。

「そりゃそうかもしれないけど..けどいいじゃねぇかよ!

 俺にとっちゃ大事な思い出なんだから。」

むきになって言った。

「思い出なんてモノはよ、時間が経てば経つほどほど美化されるもんだよ。

 だいたい おまえはよぉ..女を知らなすぎるぜ。

 女なんてのはよぉ..男が思ってるほどしおらしいモノじゃないぜ

 そうだ!これから女を勉強しにいこうぜ!!」

「え?」

「いいから いいから 俺にまかせとけ」


そんなわけで、俺は今こうしてソープランドの待合い室にいた。

奴が受付のおばさんと何やら話しをして、ニコニコしながらこっちへやって来た。

「いい子をつけろって話しをつけてきてやったから楽しみにしてろ。」

奴の方が楽しみにしてるようだ。

俺は、こういう所は来た事がないから少し戸惑っていた。

一応知識としてはソープランドの何たるかは知っている。

が、実際にこういう所に来るとは思わなかった...

「お待たせしました。」

店の人間が案内に来た。

「おまえ先行けよ。」

俺は奴に順番を譲った。

「そうか悪いな。」

奴はニコニコしながら待合い室を出て行った。

入口から、ちらっと女の子が見えた。

20代半ば位のとてもソープ嬢には見えない普通の女の子だ。

「え!? あんな子がソープ嬢なのかよ...」

思わず呟いてしまった。

偏見かも知らないが、もっとケバイ感じの子が来ると思っていた。

「お待たせしました。」

俺の順番が来た。

店の人に連れられて待合い室を出ると、おじぎをした状態で女の子が立っていた。

「サクラさんです。」

店の人間が紹介すると、女の子はゆっくりと顔をあげた。

女の子が顔をあげた瞬間、俺は絶句してしまった。

彼女だ!間違いなく思い出の彼女だ!!こんな所で再会するなんて..

俺はパニックを起こしていた。

が、目の前の彼女は何の変わりもなく、俺を部屋に案内した。

人違いだろうか?俺は、またまた混乱した。

「友達と来たの?」

彼女が聞いてきた。

「ええ...」

俺はしどろもどろに答えた。

とりあえず俺はベッドに腰をおろした。

「こういう所初めて?」

そう聞きながら、俺の隣に座った。

「そんなに緊張しなくてもいいのよ」

彼女は腕を組んできた。

胸が俺の肘に当たっていた。

それはきっと彼女がわざとやっているのだろう。

”これは彼女じゃない!!”俺は呪文のように心の中で叫んでいた。

「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」

彼女の顔を見つめてるので、聞いてきた。

「それとも、昔の彼女にでも似てるの?」

俺は、またショックを受けた。

知ってて、俺をからかってるのだろうか?

「そうだよ」

俺はそう答えた。

目の前にいるのが彼女だろうと無かろうと、どうでも良くなってきた。

とりあえず、何かを話してないとやりきれない気持ちになっていた。

「俺が、好きだった子にあなたがそっくりなんだよ。

 もう10年も昔の事なんだ。

 彼女は家の都合で引っ越したんだ。

 その別れの日に10年後の再会を約束したんだ。

 たぶん彼女はそんな昔の事なんか覚えてないだろうけどね。

 けど、俺は彼女との再会を楽しみにしてたんだ。」

ちらっと彼女を見た。

彼女は黙って俺の話しを聞いていた。

やっぱり別人なのだろうか?

「おかしいだろ? いい歳して...」

「そんなことないわよ!私が言うのも変だけど彼女..きっと忘れてなんかないわ。

 人って辛い時や苦しい時にそう言う良い思い出があると耐えていけるものよ。

 とっても辛い事があった時、あなたの事を思い出して頑張ってたんじゃない?

 彼女だって10年間あなたに連絡をしなかったのは、

 その約束を忘れたんじゃなくて色々事情があって

 あなたの前に現れられなかったんじゃない?

 それに、10年っていうのは長いわよ。

 人の気持ちが変わるのには十分すぎる時間よ。

 彼女だって今でもあなたがあの約束を覚えてるとは信じきれなかったのよ。」

一生懸命話してる彼女を見て、俺は目の前にいるのが彼女だと確信した。

何かを言わなくちゃいけないと思った。

だけど...言葉が出なかった。

とにかく悲しかった。

彼女との再会を俺なりに色々考えていた。

もしかして、誰かの奥さんになっているとか...

けどこんな形で再会するなんて想像もできなかった。

ましてや、彼女がこんな商売をしてるなんて...

「よけいな事言ったみたいね。さぁ..お風呂入ろうか」

そう言って彼女は下着姿になった。

もう、こんな彼女は見たくない。

この場から逃げ出したかった。

「悪いけど、俺帰るわ」

俺は立ち上がった。

彼女は何も言わず黙って俺を見ていた。

瞳は涙が今にも溢れそうだった。

「....」

彼女は俺の手を取り、何か言おうとしていた。

彼女の頬を涙がつたっていた。

この涙...10年前と同じだ。

俺は彼女の気持ちが解ったような気がした。

考えてみたらそうだよな。

こういう商売をしている人間は、お客が自分を知らない人間だから

サービスできるんであって、友人知人がお客だったら普通断るよ。

彼女もきっと俺が客とわかった時、逃げ出したかったんだと思う。

だけど、ここで逃げ出したら俺と二度と会えないと思ったんだろう

だから彼女は昔の彼女に似ているソープ嬢を演じたわけだ。

俺が気づかずにいたら最後までソープ嬢の仮面を付けたままでいられただろう。

けど、俺は彼女だとすぐ解ってしまった。

彼女との思い出も忘れてなかった。

忘れてないどころか、10年後の再会を楽しみにしていた。

そんな俺の気持ちが解り、彼女の仮面は壊れたんだろう。

俺は急に彼女が愛しくなった。

彼女は俺の手を自分の胸に押し当て

「入ろうよ」

と言った。

まだソープ嬢を演じていた。

俺は彼女を抱きしめ

「もういいよ」

「え?」

彼女は俺を見上げた。

「もういいよ無理にソープ嬢にならなくても...わかったから...」

「ソープ嬢失格ね」

彼女は笑った。

ここに来て、初めて彼女の本当の笑顔を見たような気がする。

「ひとめで、あなただと解ったわ。」

「俺もだ。元気だったか?」

「えぇなんとか。あなたは?」

「なんとかな」

とりとめのない会話しかできなかった。

「がっかりしたでしょう?

 10年後素晴らしい女性になってるなんて言っておいて、

 会ってみたらソープ嬢じゃぁね...」

「正直言ってショックだった。けど...」

「その先は言わなくてもいいわ。

 私たちが世間の人達からどんなふうに見られてるか解ってるもの。

 けど、あなたはソープ嬢としてじゃなく、友達と見てくれたもの。

 あなたとこうして話しが出来ただけで...あっ!」

「どうした?」

彼女はいたずらっぽく笑って

「体は正直ね。」

そう言って俺の大事なモノをつかんだ

「うっ!」

下半身に人格は無いって言うが、本当だな。

下着姿の彼女を抱きしめてるんだから、平常心じゃいられない。

俺のむすこは元気になっていた。

それが彼女に当たっていたのだ

「どうする?」

彼女が聞いてきた。

正直に言うと、心が動いた。彼女を抱きたかった。

けどここで欲望に溺れたら、彼女を単なるソープ嬢として

扱ってしまうような気がした。

「いいよ。こんな形で、おまえを抱きたくないよ。」

俺は彼女から離れて、またベットに腰をおろした。

彼女は少し悲しい顔をして

「あなたは私を抱かないのが優しさだと思ってるかもしれないけど、

 そんなの全然嬉しくない。

 男なんだから、私を抱きたいと思ったっていいじゃない。

 私はあなたに今の私をさらけ出してるのに、

 あなたは良い顔しか見せてないじゃない。

 これじゃあなたは良い人で私はその良い人を誘惑したソープ嬢じゃない。」

俺は返す言葉がなかった。

彼女を思いやった事が、かえって彼女を傷つけてしまった。

「悪かった。けど、そんなつもりで言ったんじゃないよ。

 こんな事言うと言い訳に聞こえるかもしれないけど

 男って本当に好きな子には手が出せないもんだよ。

 それは、決して抱きたくないわけじゃないよ。

 むしろ、その逆で抱きたくてしょうがないんだよ。

 けど..大事に思うからこそ軽々しく抱けなくなるんだよ!

 遊びならそんな事は考えないけどね・・・

 だからここで君を抱いたら君を単なるソープ嬢として扱ってしまうようで...」

「それでいいんじゃない。

 私はソープ嬢であなたはお客..それは間違えないんだから。

 それとも私を恋人にしてくれる?ソープ嬢の、わ・た・し・を」

俺は答えられなかった。

彼女に対して同情は出来ても、恋人にしてうまくやって行ける自信はなかった。

俺は彼女に何もしてやれないんだろか...?

「あなたは正直ね。真剣に悩んでるんだもの。

 調子のいい人なら適当に返事するわよ。

 そんな事無理なのは自分が一番解ってるわよ。

 だからそこまでのわがままは言わない。

 だけど一瞬でもいいから、私を恋人だと思って抱いて。お・ね・が・い!!」

彼女の一言で、俺は魔法にかかったようだ。

欲望のままに行動してしまった。

事済んで、男って悲しいなと思った。

どんなに頭で欲望を抑えても、最後には欲望に負けてしまう。

けど、彼女が添い寝してくれてるのは悪い気はしない

もし、こんなかたちで再会したんじゃなくSEXをしたのなら

俺はたぶん有頂天になっていたろう。

なにしろ、10年間思い続けた彼女とSEXをしたんだから。

けど彼女はソープ嬢だった。

そんな事は関係ない!!俺は彼女が好きなんだから。

そう思いたかった。

けどやっぱりソープ嬢の彼女を恋人には出来ない。

それが偏見なのは十二分に解ってる。

けど...

俺は運命を呪った。

今日..ここに来なければ彼女に会うこともなかった。

そうすれば..彼女がソープ嬢であることも知らずにすんだのに...

本当に俺は彼女に何もしてやれないのか?

そんなことを考え続けていた。

しかし..結局何も言えないまま時間になってしまった。

「そろそろ 服着ようか?」

「ゴメン。俺はおまえに何もしてやれない」

「気にしなくていいわよ」

「なんかして欲しい事ないか?俺に出来る事なら何でもするぞ!」

彼女はまたいたずらっぽく笑って

「それじゃ 目をつぶってくれる?」

俺は目をつぶって

「これでいいか?」

何をする気だ...??

と、彼女がキスしてきた。

たぶん..これが最初で最後の別れのキスだろう...

彼女の涙が俺の頬につたってきた。

こんな悲しいキスは始めてだ。

この瞬間が永遠に続いて欲しかった。


それから彼女とは2度と会わなかった。

会おうと思えば店に行けばいいのだが...

会ったところで俺にはどうする事もできない。

ただ 悲しくなるだけだ....

しばらくして、また奴と飲むことになった。

「まだ、思い出の彼女の事忘れられないか?」

ほろ酔い気分の奴が聞いてきた。

「いいや」

「じゃぁ もう忘れられたのか?」

「そうじゃないけど...強いて言うなら卒業したのかな...」

「なんだか知らないけど、そいつはよかった! で、これからどうする?」

「そうだな...素敵な恋をしようかな...」

俺は、彼女の事を思い出しながら心の中でサヨナラを言っていた。

そして 彼女の幸せを祈った。

そんな事しか俺には出来なかった。




Fin


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