第1話 ラブコール




深夜の静寂を破って電話は鳴り続けた。

「誰だよ、こんなに遅くに。」

少し、不機嫌に受話器を取った。

「はい...」

「なんでなの?!」

こちらがまだ、名前を言う前にいきなり相手が話し始めた。

「なんで、会ってくれないの?電話をしてもいつも留守電だし..」

どうやら、女のようだ。

話しの内容からすると最近冷たい彼氏への電話らしい。

「あの...」

「言い訳なんか聞きたくないわ。

 仕事が忙しいのは解るけど、電話を掛けるぐらいの時間はあるでしょ。

 私の事なんてどうでもいいのね。」

こちらの言う事も聞かずに、女は勝手にしゃべり始めた。

女の彼氏が会ってくれない寂しい気持ちも分からないでもないが、

相手の男に同情するな。

確かに、仕事と彼女のどっちを取るかと言われたらこれは究極の選択だよ

。詳しい経緯は分からないけど、もし俺がこの相手の男の立場だったら

やっぱり同じ事をやってるな。

そんな事より、この女に間違い電話だと言わなければ。

「だから....」

「もういい。私の言う事なんて全然聞いてくれないのね。」

聞いてないのはあんただろうが。

だんだん腹がたってきた。

それでも女は喋り続けた。

「もし、まだ私の事を思ってくれてたら明日の日曜日12時に、

 井の頭公園の野外ステージの前で待ってるわ。」

そう言うと女は電話を勝手に切った。

最後の方は涙声のようだった

しかし、まいったなぁ...

もし、明日井の頭公園に誰も行かなければ、この女は彼氏と別れるだろうな。

結構思いこみが強そうだしな。

ほっといてもいいけど....

うーん こまった

どうしようかなぁ。

とりあえず、寝るか。あとは明日考えよう。

正確にいうと今日か。



しかし、俺も馬鹿だよなぁ。

日曜日の井の頭公園で人探しをするなんてのは無謀以外の何物でもないよ。

おまけに顔も名前も分からないときているんだから...

まあ、だいたいここに来ている事自体が馬鹿だよな。

なんだってこんなに人がいるんだよ。

もうこれで野外ステージの回りを10往復はしただろうか。

一人で、人待ち顔の女を探していた。

何人か、そんな女を見つけ、しばらくその側で様子を見ていたが

だいたい彼氏なり友達がやってきた。

時計を見たらもう1時になっていた。

もう帰ろうか...

ここまでやったんだし、もういいだろう

長椅子に腰を掛けて ボォーとあたりを見ていた。

「ああ やっぱり来なかった。」

不意にそんな声が聞こえた。

この声は電話の声とよく似てる...

振り返ると、後ろの長椅子に女が一人座っていた。

「あの...夕べ晩くに彼氏のところに電話しませんでした?」

とりあえず、声を掛けてみた。

「え...!?」

女は怪訝そうに俺を見ていた。

「それで、今日12時にここで待ち合わせしませんでした?」

「なんで知ってるの?」

「あぁよかった。その電話、うちに間違い電話してましたよ。」

「え?!それじゃ彼は今日ここに来る事は...」

「たぶん知らないと思いますよ。夕べあなたと話したのは俺だから。」

「すみません。でもそれをわざわざ知らせるために...?」

「まぁそういうことかな。だから、彼がここに来ないのは当然だから。

 それじゃ!俺はこれで...」

長椅子を立ち上がり、歩き始めた。

少し歩いてから振り返り

「よけいな事かも知れないけど電話は相手を確かめて話しをしようね。

 それと、彼氏..君の事思ってるんだと思うよ。だけど仕事も大事なんだよ。

 それを”仕事と私のどっちが大切なの?”なんて事言ったら、彼氏...

 もの凄く困っちゃうと思うよ。

 自分の気持ちをぶつけるだけじゃなくて、相手の気持ちにもなってあげたら。

 あっ!これこそよけいな事だね。それじゃ、素敵な恋をしてね!」

女は少しうつむいたままだった。

我ながら決まった!と思った。

なんか映画の主人公になったような気分だな...

まぁ今日1日つぶしたかいはあったな。



その夜また電話が鳴った。

また、間違い電話じゃないだろうな...

そんな事思いながら受話器を取った。

「もしもし...」

「あの...」

女の声だった。この声は...

「もしかして、井の頭公園の?」

「はい、よかったちゃんとかかったわ」

「よく ここの電話番号が解りましたね?」

「いえ、昨日電話してから電話を使ってない事を思い出したんです。

 それで、リダイヤルしたらかかるかなぁと思ってやってみたんです。」

「あぁ..それで、何か用ですか?」

「いえ別に用ってわけじゃないですけど...」

「それじゃ俺なんかに電話するんじゃなくて、彼氏に電話したらいいじゃないですか。」

「そうだけど...今日あなたに言われた事がちょっとショックだったから。」

「そんなひどい事、俺言ったっけ?」

「そういう意味じゃなくて、

 ”自分の気持ちをぶつけるだけじゃなくて相手の気持ちになってあげたら”

 ってあなた言いましたよね?

 私、考えてみたら今まで彼の事なんにも考えてなかったの。

 いつも私が会いたい時に会ってくれないと文句ばかり言ってたの。

 彼だって会いたかったんだと思うの、だけど仕事の都合で会えなかったのよね。

 それを私は文句ばっかりいって...

 だからきっと、彼..私の事なんか愛想つかしたと思うの。

 そう思うと恐くて恐くて彼のところに電話できなかったの。

 誰かにこの気持ち解って欲しかったの。」

「それで、俺のところに電話したって訳?」

「ごめんなさい。」

「しょうがないかな。恋愛コンサルタントなんて出来ないけど

 ひとつだけ言えるのわ、やっぱり俺なんかに話しをするより彼氏に電話すべきだよ。

 今までの事は今までの事として、まずかった点に君は気がついたんだから、

 今俺に話した事をそのまま彼にぶつけてみたら?

 そしたら、彼だってきっと解ってくれるよ。」

「そうかしら。」

「そうだよ。正直に言うとね、昨日と今日じゃ君の感じが全然違うよ。」

「どう違うの?」

「そうだな 昨日はものすごいわがままな女だと思った。人の話しを全然聞かないね。

 だけど今日は思いやりのある子だと思えるよ。

 少なくても彼氏の事を気づかっている。

 相手を気にし過ぎて自分を殺すのはよくないけど、

 かといって自分の事だけ考えるのはもっとよくない。

 恋愛ってのは相手があるからね。

 前に、テレビで言ってたけど恋するっていうのは

 相手に気持ちを求めるものなんだって、

 ”私をもっと好きになって”っていう具合にね。

 で、愛するってのは相手の気持ちを思いやる事なんだって、

 ”あの人のために何かしてあげたい”って具合にね。

 それで相手の気持ちを求めつつも、思いやれて始めて本当の恋愛になるんだって。

 難しいけどね。

 恋愛の始まりは自分の気持ちをストレートに相手にぶつけがちなんだよ。

 それは、”私はあなたが好きです。”なんて告白する場合もあるし、

 そんな行動力がなくて、胸に思いを秘めて”私の事を好きになって下さい”

 って心の中で叫んでいる場合もある。

 どっちにしても相手の気持ちを考える余裕はないんだよね。

 好きな人に、自分を好きになってもらいたい事に集中してね。

 この状態で恋人同士になっても、長続きはしないと思うよ。

 お互いに自分の気持ちをぶつけてるだけじゃ、

 いつかは”私がこんなに好きなのに何であなたは好きになってくれないの”

 って事になるよ。そして”こんな人だと思わなかった”って事になるんだよ。

 勝手に相手の姿を決めて、自分の思いどうりにならないと相手のせいにする

 そんな恋愛なんて最低だと思わない?

 自分中心の恋愛なんて一種のマスターベーションだよ。

 けど君はそれに気づいたんだから、後は彼氏に素直に謝って、

 これからは彼氏の立場を少しは理解したらすばらしい恋愛ができるよ。

 そうすれば、彼氏だって君の気持ちを理解してくれると思うよ

 それに女の子に思われて、男は悪い気はしないと思うよ。

 特に、昨日までわがままな子からわね。ちょっと皮肉かな?」

「そうかもしれないわね。あなたに電話してよかったわ。

 すぐ、彼のところに電話してみるわ。」

「それがいいよ。もし、彼にふられたら俺がつき合ってやるから安心しな。」

「ありがとう。そうならないように頑張るわ」

「そう言われるとちょっと悔しいな。まあいいや、とりあえず頑張れよ!」

「本当にありがとうね。それじゃ。」

「それじゃ」


これが縁で彼女からたびたび電話がかかってくるようになった。

それも、相変わらず彼氏との恋愛相談だった。

最初のうちは、いい人ぶって親身になって相談に乗ってやっていた。

彼女は妹みたいなものだと思っていた。

だけど、最近少し彼女に対して違った感情が芽生えてきた。

その感情を否定すれば否定するほど大きくなってきた。

だから恋愛相談も彼氏の悪口や、別れた方がいいみたいな事を

言うようになってきた。

そのたびに彼女は

「それって、逆療法?」

と言うが、

「そうじゃない、俺はおまえが好きだ。あんな奴とは別れろ!」

何度そう叫ぼうと思った事か。

そのたびにいい人ぶってる俺が押さえつける。

だんだん彼女との電話が憂鬱になってきた。

それでいて、電話を心待ちしていた。

こんな状態は精神衛生に良くない!もういい人ぶるのはよそう!

自分に正直になろう!そう思い今度の電話で告白しようと決めた。

結果はどうであろうと...



彼女からの電話は思ったより早くかかってきた。

その日の彼女はいつもより明るかった。

「もしもし..元気?」

「あぁ元気だよ」

あまり元気のない声で答えた。

そんな事も気にせず、彼女は話し始めた。

「今日はあなたに重大な話しがあるの。」

「俺も君に話しておきたい事がある。」

「なぁに?」

「君から話せよ。」

「そうね あのね、長らく心配掛けたけど彼とうまくいってきたの。

 彼も私の努力を認めてくれたし、私も彼の気持ちが少しだけど解ってきたの。

 だから、もうあなたに恋愛相談をお願いしなくても

 私たちで頑張っていこうと思うの。それでね..」

そのあとの彼女の言葉は耳に入らなかった。

頭をハンマーで殴られたような気分だった。

彼女達がうまくやっていこうが別れようがそんな事は関係なかった。

今まで、彼女に”相手の気持ちになれ”なんて言ってた事なんか

どっかに吹っ飛んでいった。

人の事には偉そうな事を言っても、いざ自分の事になると

自分の気持ちをぶつけたくなる。

俺は、おまえの事をこんなに思ってるんだぞって言いたくなる。

「ねぇ 聞いてるの?」

「あぁ」

俺があんまり黙ってるから彼女が聞いてきた。

「そういえばあなたの話しってなぁに?」

俺は、悩んだ。

ここで、何も言わずに去っていったら彼女にとって俺は永遠にいい人でいられる。

だけど 俺のこの気持ちはどうする?

ええい こうなったら破れかぶれだぁ

「あのなぁ今こんな話しをするのは絶対におかしいと思うよ。

 だけど、これを今言っておかないと俺は一生後悔すると思うんだ。」

「何の話し?」

大きく息を吸って

「俺はおまえが好きだ!!」

自分でも情けないと思った。

今時中学生だってもっと気の効いたセリフが言えるよ。

「....」

彼女は何も言わなかった。

「ごめん。今のは俺の一方的な言い分だから。気にしなくていいよ」

それでも、彼女は何も言わなかった。

「俺が言うのも変だけど彼氏とうまくやれよ。それじゃな。」

それだけ言うと、俺は一方的に電話をきった。

もう彼女から電話がくる事もないだろう。

その晩は酒を飲んで寝た。

とても素面ではいられなかった。

次の日、俺は留守電付きの電話に変えた。

もう彼女からかかってこないだろうと思っても、万が一かかってきたら...

夜は必ず、留守電にしておいた。

しかし 電話はかかってくる事はなかった。


一ヶ月が過ぎた。

仕事から帰ると、留守電にメッセージが入っていた。

誰からだろう。とりあえず再生ボタンを押してみた。

「もしもし、私。覚えてますか?」

彼女からだ。

さらにメッセージは続いた。

「あれから一ヶ月、私もいろいろ考えてみました。

 あなたが、私の事をそんなふうに思ってくれてたなんて、とても嬉しかったです。

 あの時、実は私嘘をついていました。彼とうまく言ったなんて真っ赤な嘘。

 本当はあの日に別れたんです。

 彼が言うには、おまえの気持ちは俺に向いてないって...

 そんな事はないって私は言いました。

 わがままも言わないし、あなたの事をこんなに心配してるのにって。

 だけど、それは俺のためにやってるんじゃない。誰かのためにやってるって。

 おまえの気持ちの中に俺以外の誰かが住んでいるって。

 そう彼に言われたとき、気がつきました。

 私は彼のためとやってた事はみんなあなたに言われた事でした。

 そしてそれをやる事によってまたあなたに相談できる。

 そんな事を考えてた自分に気がつきました。

 もう彼とうまくやっていこうなんて気持ちはどこにもありませんでした。

 なんて未勝手な女なんだろう。

 あなたがあんなに親身になって心配してくれてたのに。

 もうあなたに電話するのをよそうそう思ってあの日あんな嘘をつきました。

 それなのにあなたに告白されるなんて...

 はっきり言って心が動きました。

 すぐに”私もよ”そんなふうに言いたかった。

 けどそれを言ったら、あなたにまた甘えてしまいそうで...

 この一ヶ月の間あなたの事を忘れようとしてました。

 けれど、忘れよう忘れようとすればするほどあなたの事を思い出してしまいます。

 これは、私の最後のわがままです。

 明日の日曜日、井の頭公園のあの場所に12時に待ってます。

 こんな私でも良かったら来て下さい。待ってます。」

天にも昇る気持ちだった

明日は最高の日曜日だ!




Fin


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